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【社会学】思想のユートピアとしての本屋

ここ数日、某、反韓書籍が発売されたことがネット上で話題になっている。

 

先に明確にしておくと、私自身は、読んでもないけど「このタイトルは酷いな」と思っている。(どうやら、中身はそういう内容ではないらしいですね。)

 

ただしネット上で「本屋はその本を売るべきではない」という声がいくつか見られたことには、私は「否」だ

 

売るべきではないという人の根拠として

・平積みする行為は差別扇動と同じ

・料理店が自分が美味しいと思わない料理を出さないのと同じように、本屋も勧められない本を置くべきではない

・本屋は公共性の高い場所なのだから、韓国人の子供達の目に触れる可能性がある。彼らの気持ちに配慮すべき

などなど。

 

一方で共謀罪とかで言論統制を恐れる声が上がっているけど、

上記のうねりは、「民主的な言論統制と言えないだろうか。

 

平和で自由で平等な世の中を実現するためには、こんな思想は間違っている。こんなことは思ってはいけない。それを描写した書籍を発行したり、それを書店で販売したりしてはいけない。

美しくて柔らかくて優しいものだけを本屋に並べることで、自由で平等な思想・表現は実現されるだろうか?

 

本屋が人々の思想・知識を育てる役割を担うものであるならばこそ、

公共性が高く老若男女がアクセスできるものであるならばこそ、

本屋はとびきり自由でいなければならない。

経済活動や政治動向から逃れて、あらゆる思想、あらゆる表現を許す場所でなければならない。(書籍が定価販売されるのも同じ理由だ。)

 

反韓の書籍を並べた書店やネット上で、周囲がどういう反応をするのかを見て、人は「このタイトルが人に与える影響」を学ぶだろう。確かにこのタイトルで傷つく人はいるかもしれないが、同じ本屋に韓国を賞賛する書籍が並んでいれば救われる人もいるかもしれない。同じテーマで、これだけ考えが違う人がいるんだ、というその事実こそが学びになる。

思想・表現の両極に振れることで知識が、世界が膨らむ。

書籍そのものだけではなく、それをどんな人が手に取っているのか、それを読んで自分が何を感じたのか、他の人が何を感じるのか。一冊の本を通して社会や自分との接点を増やしていくことで、自己認識は深まり、世界への視野が広がる。

 

それが知の宝庫、思想のユートピアとしての本屋の理想の形だ。

だから「自分がこの本のタイトルが嫌い」ということと、「この本を本屋が売る」ということは、切り分けて考えなければいけない。