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シッダールタ

シッダールタ (新潮文庫)

シッダールタ (新潮文庫)

純文学といえばヘッセといえば車輪の下、という方程式がどこかしらで成り立っていると思うのだが、しかしまったくどうして車輪の下がこんなに有名なのか分からない。
それほどヘッセの他の作品は、車輪の下なんかよりずっとすぐれたものがあるのだ!


家にあったこの本をみたとき、てっきり世界史で習ったガウタマ・シッダールタの伝記なのかと思い、なにやってんだヘッセと思って敬遠していたのだが、読むものがなくてしかたなく手にして驚いた。もちろんガウタマ・シッダールタとは別人だった。
なんておもしろいんだ。
映画みたいな本である。150ページそこらとかなり短いのだけれど、主人公の一生が、色鮮やかに描かれている。言葉の天才ヘッセによって、映像よりも鮮明に、音楽よりも繊細に、すごい立体感を持って自分の中に入り込んでくる。基本的に、シッダールタの人生には幾度かの転換期があるのだけれど、その転換は精神世界を深く描写することで、安定期や育成期を主に会話によって記すことで、静と動のスピーディーな展開をみせている。そう、ぐだぐだしないところが最高にいい。罪と罰を読んだときのあの苦痛とは比にならない!
また主人公も、才能のある人間ではあってもあくまでただの人で、その噛めば噛むほど肉汁のほとばしる人間味がたまらない。ひどく、人間臭いのだ。
なにより「悟りの境地」という凡人には到底到達し得ないものを見事に言葉にしてしまうヘッセのすばらしいこと。五感で感じる作品である。
宗教がらみなのがちょっととっつきにくいけれど、あまり気にせず読んでいればすばらしい友情ドラマ。(ドイツ人が書く仏教ってどうなのよ?と思っていたが、ヘッセはかなりこのへんの宗教をかなり研究しているらしい。感服。)走れメロスも脱帽の友愛である。


車輪の下のヘッセ」ではなく「シッダールタのヘッセ」と呼ばれる日がきたらいいのに。