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芳醇/豊潤 ・ 小説と漫画創作 ・ 本と映画レビュー ・ 初心者社会学

【漫画】北欧2カ国 白夜旅行記 その1

もう2週間ほど経ってしまいましたが、北欧に行ってきました。

海外旅行の一人旅はかれこれ10年くらいやっていますが、時代も変わりましたね。昔はガイドブックだけが旅先のお守りだったのに、今では旅行先でもスマホで検索すればその場でなんでも解決してしまえる。

実際、地図も乗り換え案内も、トイレどこにあるんだろう!?とかも、困ったらまずはスマホに手を伸ばしている自分がいる。

 

広大なインターネットの海に点在する、誰かの旅行体験が困っている私を助けてくれたように、私の旅行体験も誰かの役に立つかもしれない。

その思いで筆をとったものの、いやぁーー時間がかかる。

果たしてこのペースで日本に帰ってくるのはいつになることやら。

 

とにかく、始めます。

 

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まだ海外に旅立ってもいない。

次回はフィンエアーの上!(のはず。)

【映画】やさしめホラー 「イット・フォローズ」

普段はあまりホラーとか見ないようにしているのですが、たまーーにあれこれ見てみようかなって波が来たりする。

去年だったか一昨年だったかもそんな波があって、「SAW」「SAWⅡ」をhuluで一気見した。ホラーを見慣れてない上に単純なので "The key is in the...." のシーンとか、息子の正体が分かるシーンとか、「ふおぉわぁぁぁぁっぁぁ」ってなった。ただ一人、部屋でドーパミンの爆発のやり場を失っていた。

それ以来の、ホラー見たさである。

 

数ヶ月前に「ホラー映画の日本版ポスターがダサい」という話がTwitterで話題になって、その流れでこの映画が紹介されていた。

 

 

ちなみに海外版ポスターはこちら。

確かにオシャレだけど、これでは内容はよくわかりませんね。

 

 

主人公は、19歳の大学生の女の子ジェイ。

幼馴染の友達にも恵まれ、彼氏もいてリア充を満喫している。一方で、満たされた生活を送る19歳にふさわしい「子供の頃憧れていた『大人』になったけど、で、どうすんの?」みたいなモヤモヤも抱えている、とても「普通」な女の子。

そんなジェイがある夜、疑いもしなかった彼氏から「セックスによって感染する呪い」をうつされ、友人たちと協力しながらその呪いから逃げ惑い奔走する話。

 

その呪いとは「何の前触れもなく、他の人には見えない『それ』がこっちに向かって歩いてくる。それに捕まると殺される(けど歩いてくるので割と逃げきれる)」というもの。

ビジュアル自体はそこまで怖くない「それ」(老婆の姿だったり、大男だったり、裸の女性の姿だったりする)が、ひたひたとこちらに向かって一直線に歩いてくる。今ではゾンビも飛んだり跳ねたりする時代だが、これは「人」で歩きも遅い、殺され方もそこまで惨たらしくはない。

でもその「ひたひた」が生む恐怖は、ジャパニーズホラーにも共通するし、「シックス・センス」的と言ってもいいかもしれない。

 

主人公の状況もそんなに絶望的じゃない。

観客が恐怖するほどは頻繁に「それ」が襲ってくるわけではないし、他の人には見えないまでも物理攻撃は効くので、最初は「どうしちゃったの?」と半信半疑だった友人たちも怪奇現象を目の当たりにしてからは主人公を信じて親身に協力してくれる。

そう考えると、これはホラーというよりも、「呪い」を媒介にした、ハイティーンが悩み、失敗しながらも、幸福な人間関係を獲得していく過程を描いた青春ヒューマンドラマと言える。

 

映像もなかなか綺麗で、カメラワークも工夫されているので面白く見れる。

「それ」との一悶着の後には必ずと言っていいほど、登場人物たちが自戒し思案を巡らし、静かに音楽だけが流れていく穏やかなインターバルがある。その間に登場人物たちの心理の微妙な揺れを感じ、また「うつしうつされる『呪い』の鬼ごっこ」の次の展開を予想したり期待したりがっかりしたりする間になる。

 

 

 

純化してしまうと「軽い気持ちでセックスしたらえらい目見るぞリア充爆発しろ」って話にも見えちゃうんですが、ティーンが傷つきながら大人になっていく物語としては決して悪いものではなかった。

 

多分ホラー好きの人には物足りない部分もあるんでしょうけど、ホラーがあまり得意でない人、青春モノに馴染みのある人には案外オススメです。

 

 

ちなみに予告編がYou Tubeに上がっていますが、もっと静かでしっとりと味わえる作品なのであまり見ることはオススメしません(笑)

 

ところでファンには申し訳ないけど、どうして洋画ホラーの音楽ってこういうエフェクトなのかなぁー…綺麗な音楽のホラーとか見てみたい。

これは穏やかなシーンの曲は良かったです。

 

 

【雑記】スマホに殺される味覚と、オジサンの物思い

午前の用事を済ませて、家で昼食を食べるつもりが、入ったことのない讃岐うどんの店に出会ってしまった。

10年くらい前は讃岐うどんブームだったと思う。映画UDONが公開されたのは2006年。その前後で、関西にも讃岐うどんの店が次々現れた。店自体は前から存在してたのかもしれないが、私の前に現れ始めた。(好きに外食できるようになったライフステージと重なってただけなのかもしれないけど。)

噛んでると顎が疲れてくるようなガッチガチのコシのうどん屋を見つけては、顎が痛いと喜びながらうどんを啜ったものだ。

 

しかし最近はその讃岐うどんブームも落ち着き、おおむね讃岐うどん需要は丸亀製麺へと集約され、個人営業の讃岐うどん屋が店主の高齢とも重なってかどんどん減ってしまった。

 

そんな中で「讃岐うどん専門店」を掲げる店に出会ったので、入らないわけにはいかなかった。

 

サラリーマンの多いランチタイムで、必然的に一人客の私はカウンターに通される。

本当はとり天が食べたかったのだけど、讃岐うどん屋に来るとちく天を頼まなければいけないという強迫観念に負けてちく玉天ぶっかけに着地。

 

注文を済ませてふと周囲を見ると、隣は若いサラリーマンらしき男性が、一心不乱にスマホの画面を見ながらうどんとご飯のセットをかっこんでいる。スマホ画面への目の吸い寄せられようがハンパではない。

 

私も例外ではないのだが、1人で食事をする若い人のスマホ画面から一切目を離さずに食事する」行為は、きっと人類学・生物学的な歴史の分岐点となる変化を人間にもたらすのではないかと思っている。

 

言うまでもなく、人間の情報源の多くは視覚からである。

食事とて例外ではなく、人は視覚情報から「赤いものは辛そうだな」とか「この生野菜はカピカピに乾燥しているな」とか「さっきの一口よりも今の一口はふりかけが多くかかってるから味が濃いぞ」とか考えるわけである。

しかしスマホがあると、なまじテレビよりも手元に近い距離で見れるだけに「スマホ画面を見てる自分の視界のすみっこに映り込んでくる食事」の情報だけで食べる行為は滞りなく進められる。自分が今何をどれくらい口に入れているか見なくても、自分が注文した商品に含まれる食材の味の幅の中に落ち着いてくれるのでなんの問題もないわけだ。

スマホの世界は無限大だ。いま自分がブログを見ている間に、Yahoo!ニュースには重大な事件がアップされているかもしれない。自分がグノシーの記事を見ている間に、競合は最新トレンドを把握して次のマーケティングプランを検討し始めているかもしれない。現代に生きるサラリーマンは、情報を得ても得ても追いつかないのだ。

 

しかしその間に、彼は自分が今食べている食事の情報を最小限に削ぎ落としている。

こういったインプット情報の偏りが、いずれ「視覚情報から味を想像できない人間」を生むのではないかとひそかに案じている。

昔ホットコーヒーをこぼして火傷したおばあちゃんがマクドナルドを訴えて勝訴していたが、ああいう「まさかこんな中身だと思わなかった」という訴えが増えると店側も大変だ。

ちなみにあくまでまだ仮説だが、料理オンチな人というのは、普段食べ物を食べながらそれを観察する習慣がないのではないかと思っている。誰か立証してくれないものか。

 

とかなんとか考えながらさらに向こうの席に目を向けると、これまたサラリーマンのオジサンがカウンターに手を組んでじーっと注文の品を待っている。

そう、オジサンには、オーダー待ちの暇つぶしにスマホを触るという選択肢がないのだ。

たぶん昔はこの時間をタバコが埋めていたんだろうと思う。アメトーークの「タバコ芸人」でも、禁煙すると手持ち無沙汰感がつらいという話をしていた。タバコを吸ってればいったん「やることがない人」ではなくなる。

しかしすっかり世の中は禁煙化に向かい、ランチタイムに喫煙できるチャンスはすっかり減ったようだ。

やることはない。注文は来ない。

でもスマホや携帯には用事はない。

そんなオジサンは、ただ静かに座って物思いにふけっているように見えた。

 

それが無駄な待ち時間ではなく、充実した物思いタイムとして感じられていればいいな、と思う。余計なお世話だけど。

 

 

ちなみにその讃岐うどん屋もやはりコシは弱かった。

 

 

 

UDON

UDON

 

 

 

 

 

【雑記】関西空港 Nintendo Check In でも任天堂の人は神対応だった話

たまたまこのニュースを見て、

Switch無料で遊べる「Nintendo Check In」 関西国際空港にオープン - ITmedia NEWS

 

奇跡的に今回の海外旅行が関西空港発だったので、早く出て体験しよう!!と勇んで行った。

 

東京でトランジットがあるので関空には出発30分前くらいに行けば良かったのだが、混んでた場合に試遊の待機列に並ぶ時間および空いてた場合に永久に試遊する時間を見越して2時間前には空港に着きチェックインを済ませる。

 

国内線搭乗口からは国際線の到着ロビーはちょっと行きにくいけどなんとか探しだす。

 

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あるわあるわ

 

夜だからか、やけに空いている。これは遊び放題かしら。と思いきや、

 

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あれ?

 

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 閉まってるんかーーーい

 

残念。そらいくら空港でも夜までやってるわけがなかった。

それにしても残念なので、スタッフの方がたまたまブース外に出て来たので話しかけてみたら、試遊時間は10:30〜17:30とのこと。

ていうかよくよく見たらサイトに書いてた。ウェブ検索したらPR記事ばかりがトップに上がってくるので、公式サイトを見ていなかった。

関西国際空港にゲーム体験スペース『Nintendo Check In』が6/23よりオープン! 国際線到着通路ではマリオファミリーのお出迎えも! | トピックス | Nintendo

 

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立体マリオの写真撮影は、ブースの外側なのでいつでもできます

 

営業時間外にわざわざ話しかけてくる人間はよほど奇特なようで(荷物預けた後で軽装だったし)、最初「近所に住んでるからわざわざ来た任天堂ファン」だと思われたようでした。

 

よくよく考えたら、既存ソフトの試遊なんて試遊台のある近所の電気屋にでも行きゃいいんだものね。普段そういうところに行く習慣がないから気づかなかった。

でもね、いい大人が電気屋のキッズに混じってコントローラー握りしめるなんてできないし、空港に行くついでと旅行のちょっと非日常なテンションじゃなきゃ、人前で試遊しようなんて思えないのです。

 

あまりにも私が不憫に見えたのか、もう奥に片付けてたうちわの余りをくれました。お兄さん、優しい。

(これをくれる時も「今から旅行なのに荷物増えますよね」って気遣ってくれたけど「いえ欲しいです」って強く押した。)

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「旅行から帰った時にぜひ寄ってください」って笑顔で別れたけど、ごめんお兄さん、本当は私、帰国は伊丹空港にしてしまった……。

 

 

試遊予定の2時間を持て余したので、任天堂×関空コラボの写真撮影にいそしんだ。

 

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2階から見たブース

 

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エスカレーター側の壁が1番フォトジェニック

 

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エレベーターもNintendo

 

現場からは以上です。

搭乗口に進みます。

【雑記】被害者の「自己責任」と口をついて出ないために

詩織さんの告発をきっかけに、にわかに話題になったレイプ問題。

 

 

この問題が話にのぼると必ずと言っていいほど言われるのが「自己責任論」。わいせつ被害にあう人は、それを誘発するような格好をしているのではないか、というもの。

 

私は一部、この論には賛同するところはある。身なりや行動を意識することで、全ての被害は防げないものの「被害にある確率を減らす」ことはできると思っている。そして、私のように「被害にあう確率を減らすように予防している」人が、予防していない人に対して「だから被害にあうんだ」と非難するのはたやすい。

 

さらに、こと性犯罪・わいせつ行為においては「被害にあう女性=見ず知らずの人の性欲を掻き立てられるほどの魅力に溢れている」のではないかという暗黙の前提があるので、さらに被害者に対する色眼鏡を排除しづらくなってしまう。

先日、情報バラエティ番組で痴漢問題を取り扱っていた時に、司会者が冗談交じりに中年女性のコメンテーターに「あなたは被害にはあわないと思いますけど」と振り、女性の方も「それが私、久々に痴漢にあったんですよ!」と話にノって会場を沸かす場面があった。それまで真面目に議論していた雰囲気から一転、宴会で「モテ・非モテ」をネタに騒ぐノリになってしまい、まさに生放送中に堂々と行われたセカンド・レイプで笑いが起きているその様子こそが、この問題で「邪念・邪推を排除する難しさ」を語っているようだった。

 

私自身も長く被害者に対する偏見を排除できず「予防しなかった自己責任」とまず頭に浮かんでしまう人間だったのだが、しかし冷静に考えればやはり問題は加害者にある。加害者がいなければそもそも予防をする・しないという話にもならないのだから。

 

この「予防を怠った人間に何ら非があるわけではなく、断罪されるべきは加害者である」というのをどう自分に納得させようかと考えた時に、思いついたのが「カツアゲに置き換える」という方法である。

 

街で不良に絡まれたり、路地裏でカツアゲにあい「やすい」人というのがいる。

典型的には、細身で色白のもやしっ子。筋力や戦闘力はおろか逃げ延びる脚力もなさそうで、少し凄んで見せれば震えながら財布を差し出し得るか弱い少年(青年でも中年でもいいけど)。

 

そんなもやしっ子に対して、「情けねえ男だなぁ」と嘆息することはあるかもしれないが、「その貧弱な体が、相手にカツアゲしたくさせるんだ」「武道を習えばいいのに、そうしないお前が悪い」とまで責める人はいないだろう。武道や護身術を習う時間を文化活動に当てることは決して悪いことではあるまい。あくまで悪いのは「弱者の被害の上に不当に利益を得ようとする加害者」の性根の悪さ・卑怯さである。

 

それと同じで、性犯罪・わいせつに関しても、被害にあい「やすい」人がそこにいるからといって、弱者をいじめようとしてはならない。それはやはり卑怯な加害行為として罰せられるべきであるし、被害者には「非はない」としてしかるべきである。

 

 

 

 

 

と、ここまで言っても「とはいえ予防する方法はあるはずだけどね」とは思う。

尻ポケットに長財布を差して歩いている男性なんかを見ても思う。